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妖怪大宴会。

水木しげるせんせいが本当に妖怪になってしまわれた。
「取材旅行に行ったのだ」とか「これまでが取材旅行だったのだ」
と言うのもとてもすてきです。

小さい頃から、本当にこどもの頃から
妖怪がだいすきでした。
怖い絵柄の鬼太郎も、あたらしいテレビシリーズの
夢子ちゃんが出るのも、まんがも、アニメも、
映画もぜんぶ全部、大好きでした。
いや、いまもすき。
単行本はセットで持ってる。
いや、持ってるうちにぜんぜん入らないけど。
水木せんせいの本で欲しいのものは山ほどある。

妖怪はもちろんですが、凄まじい戦争体験の
まんがも目がそらせなくて、大人になってからは
8月の半ばになるとそういった作品を読んでいました。
やっぱり今年も読んでツイートしたと思います。

お大福が好きで、おまんじゅうやおはぎや、
なにか甘いものを食べているツイートも好きでした。
あんなにチャーミングで、すでに妖怪で、
そんなひと、他にいなくて、職場で同僚に
こんなことを話しながら涙目になっていました。

「巨星墜つ」という方々のなかでとくべつに悲しい。
かなしいけれど、先に建てておられたイカしたお墓で
妖怪たちと盛大におまつりになってるのかしらね
などと想像するとたのしくもなります。
ツイッターはかなしみなのに、大喜利のようで
なんと素敵なひとであったのかと思うばかりです。

赤塚不二夫せんせいのときもかなあ。
「みんなが笑ってるお通夜がいい」と言って
おられたのは糸井重里さんだっけ。
きっとそうなのだろうなと思います。

「ご冥福をお祈り申し上げます」という
言葉は似合わない気がします。
妖怪になって、身近なところで私たちを
おどろかせたり、ちょっといたずらをしたり、
時に警告をくれたりして、そんなことを
してくださるといいな。

それでもまだやっぱり、あと十年か二十年くらい
新しい作品を見せてほしかったなあ。
むり言うなよう、ってねえ。

うん、せんせいの教えに従って、しっかり寝ましょう。

合掌

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  1. 2015/11/30(月) 22:56:41|
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「火星に住むつもりかい?」

伊坂幸太郎さんの『火星に住むつもりかい?』
ヘボい言葉でしか言い表せない程に
すっごい物語でした。
怖くて、面白くて、ほんとうのことで、
そんなわけなくて、エンタメ要素もしっかりとした
文章もどこもかしこも伊坂さんの凄みを
感じない部分がない物語でした。

ああ、すごかった…。
早く続きが知りたくて、でも怖くて見たくなくて、
だけど読みたい。読み終わらないということはない。
(そこにもこの物語の要素が…?)
そんなわけで、ふだんなら一気に読んでしまうところを
通勤途中にちまちまと読んで、一週間ちかく
かかってしまいました。

最近の伊坂さんの本では『ガソリン生活』が
イチオシだったのですが、これもいい。
いや、どれも良いのだけど。
凄みという点ではこの本すごい。
ちょっと気を抜いて、スカッとしたい時なら
『ガソリン生活』。
これはそうとう重かったので。笑

最近本を読む量が確実に減っているので
これでエンジンかかるといいな。
目が痛いとか、からだだるいとか言ってる場合じゃない。
いや、まあ、言い訳するなら絵ばっかり
描いてるってのもあるのですが。わはは。
そんなにいっぺんにいろいろできないよね。
とは言いたくないんだなあ。
だからいっこずつ、やっていきます。


  1. 2015/11/28(土) 22:59:01|
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3月のライオン

10巻特装版を購入し、いそいそと読み、
「うおおおおぉおぉおおお!!!」
「零ちゃん!!!!!」
悶絶。
床、転がり、ローリング悶絶じたばた。
さらに読み。
また読み。
涙し。
なんども何度も「おおおおおおおお」と
なっています。
あとがきでも三度読んで三度泣きました。
まだいけます。
ウミノてんていのすべてをかけて、
命をけずってつくりだしているまんがの
すごさをまたも感じている次第です。

今日、なんとも具合が悪かったのだけど、
気持はすごく元気。
バンプの『ファイター』を聴くまで
辿り着けていません。
ああ、1巻から読み返したいな。
そしたらいきおいで『ハチクロ』まで
読み返してしまいそうだな。

……読まねばならぬ本がありまくりなのに……。
行きたい映画がたんまりあるのに……。
などというヨワムチ発言しておる場合ではないのよ!

そういう気持にさせてくれる作品て
なんてすばらしいんだろう。ね。


  1. 2014/11/29(土) 00:20:00|
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本を読みたい。

気が抜けてるのかなあ。いや、抜けているのだろう。
盛大なるアウトプットの時期を抜けたおかげか
なんだか頭がぼうっとしてしまい、どうも
文章を考えられません。
うまく考えられたことはあまりないのだけど
どうにもぼんやり…。
こういうときはインプット時期だと思って
がつがつ本を読みます。
ありがたいことに読む時間もけっこうあるし。

というわけで(?)村上春樹さんの新刊を
うきうきと買ってきました。
うう、手にしているだけでぷるぷるする。
私はとくに「ハルキスト」などではまったくないのですが
好きかどうかと問われたらたいへんに好きであります。
今回の『女のいない男たち』のシリーズは
文藝春秋掲載時から「いいなあ」と思っていたので
書き下ろし付きということで即!買ってしまいました。
『多崎つくる』は少しがまんできたのだけど(笑)
読んだら思うところがありすぎて
もんのすごいやられちゃったんだけど。

土曜日、体調があまりよろしくなかったのと
だらだらできる時間がいっぱいあったので
・伊坂幸太郎『仙台ぐらし』
・角田光代『幾千の夜、昨日の月』
 読了。
・末井昭『自殺』
・神足裕司『一度死んでみましたが』
・伊坂幸太郎『夜の国のクーパー』
 80頁くらいずつよみました。

「読む」ひとびとと言うのはもう本当に
もんのすごいので私など読んでるうちに入りませんが
それでも本が好きです。なんか、単純に
いっぱい読みたい。読めないのがもどかしい。
理解できないとかなしい。(よくある)
いいのです。
欲望さえあればいいのだ。

ところで村上春樹さんの新刊、なんだか
もったいなくて一気に読めずというか読まずに
わざとゆっくり一話ずつ読んでいます。
まだ2話。書き下ろしを先に読みたいのをがまんしている状態。
おいしい食べ物がなくなるのが惜しくて
どんどんちいさいひとくちになっちゃうみたいだ。

そして春樹さんと言うと「(ダンキン)ドーナツとコーヒー」
を思い出し、できればそんな取り合わせで読みたいなー
なんてことを思うのですが、なにせダンキンドーナツが無い。

IMGP1919.jpg

で、ミスド。
フォトジェニックではある。おいしい。
けど、やっぱちょっとちがうなー。
(実際にはスタバでコーヒーだけで読みました)


  1. 2014/04/22(火) 00:16:10|
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毎日「あと一歩だけ前に進もう」と

思いながらなんとか!
かっこわるいわー、という感じで
よれよれと進むのだ。

今日は、糸井重里さんの『今日のダーリン』に
書かれていた、吉本隆明さんのお話、
「うまいこと言えない」が、
もうどうにも勇気の言葉で、
はげしくぶるぶるとしたのですが(いまもしている)
本日やっておきたいことをすべてすませたところで
わたくし電池切れでございます。
テキストエディットに保存させていただいたので
またゆっくり噛み締めるのであります。

今日はようやく高橋源一郎さんの
『恋する原発』を読み始めました。
覚悟していたけれど、これは相当体力がないと
読めなさそう。高橋さんは吉本さんへの追悼文が
まとめられていたのでそれも読みたい。

吉本さんと言えば『よせやぃ。』を次に読む予定。
この方はとにかく編集者や対談相手の方の
ちからの入り方がはんぱなかったりするので、
どれを読むかだけで考えちゃいます。
どこか一方からだけだと偏っちゃいそうな
気もするので(私はこのとおり影響されやすいのです)
いろんな角度からいっておきたい。
まだまだ入門編にも辿り着いていないわたす。

ちっさくても前に進んでいればそれでいいのだ。


  1. 2012/03/21(水) 00:30:44|
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吉本隆明さんがいってしまわれた。

ふたつ前に『吉本隆明が語る親鸞』のことを
書いたばかりなのに、とつい思ってしまいます。
見れば一目瞭然ですが、私はうまく語れません。
必死で読んで、まわりのみなさんに
追いつけなくてそれでもなんとか
読みたくて……というような者です。
もっとずっと若い頃にしっかり読んで
感銘を受けまくっておけばよかったと
いまさら後悔しているような者です。
でも、どうにも動揺していました。

ばななさんの日記やツイートを読んでいた
こともあるのかもしれませんが、
「お父さん」「娘さん」ということでも
動揺してしまいます。どうしても。
「最高のお父さんだった」と書かれていたのを読んで、
職場のデスクでうっくときてしまいました。
(ついさっき読んだ夜のもまた)

ツイッターでも書いたのだけど、吉本さんの
本を沢山持っているわけではないけど、
『親鸞』の一冊だけでなく、どれも自分の本棚から
なくなることはないだろうと思います。
わからなかったり、うまくアウトプット
できなかったりしつつも、それでも
これからも読んでいくつもりです。

ご家族や、近しいみなさんが悲しみに
囚われすぎてしまわないことを、
吉本さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。


  1. 2012/03/17(土) 02:18:09|
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『吉本隆明が語る親鸞』を読んでる途中。

先行発売で購入するも、なかなか進んでいません。
わかったふりしてページをめくれなくて、
同じところを何度もなんども読んでます。
そんなむずかしく書いてあるわけではないと
思うのだけれど、なかなか進められなくて
ああ、わたし、やっぱりあたまがわるい。
うなだれそうになる自分を往復ビンタして
同じ場所を往復しつつ読んでます。
なので、内容的に「ここがどうだ」とか
「ここがすばらしい!」ということが書けません。
(ほんとうに「むずかしい」ということは
 まったくないと思います)

でもね、読み始めてすぐに、
「この本はきっと、大事に読んで、
 いつかこのふしぎな背表紙が
 割れるほどに読んで、直してもまだきっと
 大事に持っていてまた読むのだろう」
2062年のよぼよぼのばあちゃんの私が、
ベッドに横になったまま本棚を眺めたりして、
何度も直された背表紙が見えたりして
良い本だなあ、とか、あれを読むといいよ、とか
思ってたりするんじゃないのかなあ。
(ちなみに1262年が親鸞没年なのでなんとなく)
そんな風に、ふと、ほんと風のように
頭に浮かんできたのです。

父が生きてたら、
「ちょっとその本おとうさんにも見せて」
って言って持って行っちゃいそうな本なんだよねえ。
ここのところそう思う本がとても多くて
「もー、おとうさん生きててくんないとー」
なんちゅうことを考えちゃいます。
読みたいだろうなあ。
かわりに(?)私がまじめに読むけど。

こんなんでおすすめしていることに
なるのかわかりませぬが。
「これ、いいっすよ」

来月また京都行こうかな。
東本願寺で父に手を合わせて、
お釈迦さまに甘茶かけて来るのもいいな。
灌仏会あたりにいくのは厳しいかな。
(逆方面に行く予定もあるのね)


  1. 2012/03/13(火) 22:41:17|
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できることをしよう。/糸井重里 ほぼ日刊イトイ新聞

いま、じぶんがいわゆる「負けがこんでいる状態」
のような気がしているのだけれど、
震災のニュースをを見ると
そんなこと言えないなあと思ってしまう。
いやいや、それがなければ充分に言ったって
いいようなことが起きてるんだから、
パーソナルなことなんだから、
じぶんの精神の健康のために
弱ってるなら弱ってるって言ってもいいじゃん。
どっちもで揺れてます。
たくさんのひとがそうなのだろうと思う。
その揺れたりぶれたりがますます
じぶんを弱めてしまうのもわかってるんだなあ。

なんにもなくなってしまった中から
すごいパワーで這い上がってきているひとびと。
強がりだったり、から元気だったりするのか、
それとも私には想像もつかないパワーを持って
心から元気にそうしているのか、
わたしには判断ができないことなのですが、
(でもきっとそうなのだと思う。感じます)
その姿を見て、「わたしもがんばろう」と
思えるとき、じぶんはまだまだ大丈夫だと思います。

もうほんとにだめなときは、そういった、
元気に動いているひとを見るとまぶしすぎて
目をそらしてしまう。
「ごめん」と言って逃げ出したくなってしまう。

いま書いたことは結構、いつでも考えていて、
それからもうひとつ階段を上がるように考えることが、
「よし、がんばろう!」ではなく、その、
それを見てつらくなる側のこと。
じぶんが弱くて、それをさらに認識させられて、
ますます動けなくなって、泣くことすらできない。
そういう人たちのこと。
じぶんがそうだったからどうしても考えてしまうんです。
いまもきっと、がんばりたくても立ち上がることすら
怖くてできない人々がたくさんいるのだろう。
「絆」と言われても、誰ともつながれない
ひとがいるだろう。
考えて、祈ることしかできないけれど、
(あ、こうして書いてるのはどうかな)
誰かを忘れるとか、ないことにするとか、
そういうことは、わたし、絶対にしないんだ、と
改めて思った本です。
(それでもこんな風に考えることもなんだか
 あんた偉そうじゃない?とも考えてしまう。
 まいっちゃうけど、それでも考えることにしよう)

読んで元気になれて、まだまだわたし大丈夫だと。
読んで気持ちが落ちる部分では「よし、オマエ休め」と。
思えることが大事だなとも思えた。

連載時、ずっと読んでいたけれど、本になってから
どうにも読む気になれなくて、ようやく、
やっとページをめくれた一冊です。
詳しい内容に関してはふつう(?)のレビューでぜひ。
まだ苦しいひとはゆっくりと、
元気になれそうなひとはすぐに
読んだら良い本ではないかと思います。


折しも「映像記録 3.11 ~あの日を忘れない~」を
見ながら書きました。
もう40年も「巨大地震が来る」と
言われ続けている東海地方。
小学生の頃から地震の避難訓練もしてるし
防災リュックだってずっと前から用意してるのに
あの時、ただただ怖くてなにもできずに
職場でふるえていたことを思い出してます。

とりあえず、部屋きれいにしなきゃな。
(さいごはそこか!いや、シンプルなの大切だし!)


  1. 2012/03/04(日) 21:36:56|
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よしもとばなな/スウィート・ヒアアフター

なぜだかよしもとばななさんの本は、
ほんとうになぜかわからないのだけれど、
そのとき自分が欲している何か……キーワードだったり
ものだったり、ことだったり……自然に自分の手が
その本を選ぶように手に取って、読んでみて
おどろくことがあります。
もちろんあらすじなど全く知らずに
「今日はこれだな」と思って手に取るのです。
今回もそうでした。

よしもとさんの小説って、特に最近のは
「なんじゃこりゃ」と思うこともところどころ
あったりするのです。なのに、だけど、
思わず息を飲み込んだり、くるしくなったり、
泣きそうになったり、「どうしてこんなことが
言葉になって、自分に向かってピンポイントで
来ることがあるのか」というすごい
ポイントになる部分が必ずあるのです。
それはやはりよしもとばななさんでなくては
書けない言葉で、なんというか、
やっと息継ぎができたよ。と思えるような
瞬間がやってくる部分があるのです。

今回もそうで、本当に驚いた。
いま、自分が求めていることがそこにあった。
自分にそれを「引く」能力があることも
わからせてくれるようで、とてもよかった。

それとは違うことで、この本は、
震災のことを考えながら、でも震災には
全く触れないで描かれている物語で。
それも私をすごくすごくぐっとさせました。
そうなの、こういう風に励ましてくれるような、
そんな力強くなくてもいいけど、どこかで
寄り添ってくれるような、そういう本が
読みたかったんだなあ。って。

私もいつか、こんなすごい風ではないけれど
小さく小さくでいいけれど、
誰かになにかできたらいいなあ。

そうそう、この週末、心身ともに
ダウンしていたおかげか、連続して3回も
この同じ本を繰り返して読んでしまった。
私、良いと思った本は「もういいんじゃないの?」って
言われるくらい読むんだー。


さて、それとは一転、次に読む本は
震災を真正面から、の糸井重里さんの
『できることをしよう。』をようやく。
サイトではそのときその時読んでいたけれど、
本になって活字になって、手にとっても
目が泳いでしまって、(たぶん怖いのだと思う)
なかなか手を出せずにいました。
いや、一度はサイトで読んでいるのだ。
読めないわけがないので、読みますようー!


  1. 2012/02/26(日) 21:56:11|
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再読はたのしい。

先日、伊坂幸太郎さんの『SOSの猿』を
読み終えて、二巡目しています。
おもしろかった本は結構な回数を
ぜんぶじゃなくても好きな部分を
何度も何度も読みます。
それは一度目に読んだ本。
以前に読んだ本を数年に一度ふと
読みたくなることがけっこうあります。
ツイッターでちょこっと書きましたが
今は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
『アフターダーク』『やがて哀しき外国語』を
続けて再読して、なんとなく春樹祭風味に。
次は『ノルウェイの森』かと思ったら
下巻しかありませんでした。
どこへお出かけ中なのか。
春樹さんの本では小説以外で
『辺境・近境』という本がすんごく好き
なのですが、これがざんねんながら
持っていないのです。図書館で借りて
「これはいい!欲しい!」と思ったのだけれど、
本屋さんでもブックオフでも見かけないのです。
そんな時にはアマゾンがあるじゃない、
とも思うのですが、本というのはなかなかに
出会いだと思っているので、本棚で見つけるまで
気長に待つつもり。

何年か、だったり、十数年だったりしますが
久しぶりに読む本はとても新鮮なことが多くて
その時と全く違う感じ方をしたり、
ぜんぜん理解できなかったことが
ふつうに、なんてことなくわかったり、
ああ、ここがやっぱり大好きだ、と
何度も思ったり、たのしいです。
まあ、そんなことをしているので
なかなか読書量が増えないのかもしれませんが。

いまは中学生の時に買って、大事にしていた
野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』
……ではなくて、2006年に出て
一昨年くらいに買った、村上春樹訳の
『The Catcher in the Rye』
(買っただけで積ん読だった)を
ようやく読もうかと思っています。
こういうのは再読というのだろうか。
きっと違うものだろうと想像しつつ。

とかナントカ書きつつ、
夜ふかしフライデーではありますが、
今週は早めに(本も読まずに)寝ます。
雨だからね、日曜日は読書デーにするつもり。
明日は落語ーっ。


  1. 2011/05/28(土) 00:21:24|
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よしぞう

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